広告媒体の価値評価としてウエブが第一位に躍進し、本やCDが売れなくなった、といわれる昨今ですが、人々が、物語や音楽から離れたわけではありません。 むしろこれまで以上に需要は増えているようにみえます。この現象は、紙や光ディスクという記録媒体のほかにインターネットという経路整備によって電子ファイルの流通が加わり、物語や音楽に接する方法が多様化した結果、分割されたパイが小さくなって拡散したことのあらわれでしょう。それと同時に新しいメディアを受け止める端末機器の高性能・低価格化はコンテンツに接する選択肢と機会を増やすことにおおいに寄与しています。とりわけ新しい技術を搭載した魅力的なインターフェースを持つ端末機器は、所有することの喜び、使うことの楽しみを触発し、その性能を活用したコンテンツ作りへの意欲をかき立てる刺激的な実験場ともなっています。
私たちが物語に接する時のモダリティ(感覚器官ごとに特有の情報処理法)は、 媒体が何であれ、文字を見たり音声を聞いたりすることに変わりありません。
すなわち、人を魅了する物語、あるいは、もの語り方とは媒体を問わないもの、とひとまず言ってみます。
ただし、表現には必ず表象がついてまわるため、もっとも適した表象をまとわせる制作の段になったときには、やはり物語り方に合致させた媒体を選ぶ、あるいは媒体の特性を活かした物語り方をデザインする必要に直面します。すなわち媒体をデザインしなければ、表現に至ることができないのだ、とここで言い直します。
たとえば、現在ではパソコンとかなり近い閲覧環境を実装した携帯端末で、いつでもどこでもネットワークにアクセスできるようになりました。それによって通勤電車や待ち合わせの待ち時間など、ちょっとした時間の隙間に情報収集したり娯楽を楽しんだり自己研鑽したり…というスタイルが手頃になり、手頃な閲覧環境に適した手頃な読み物というニーズとシーズが登場し、物語を語る、描くスタイルも多様化しました。
しかしながら、物語はそもそもは流通媒体に奉仕するために発生するものではないし、人々も自分の時間を消費することの価値を上げたい、消耗はしたくないと考えています。
また、便利な電子メディアを手中にしながらも手に持って感じる質感や重さ、紙面(盤面)を彩る視覚要素や一葉の紙をめくる行為に、忘れ難い記憶と愛着を持っています。
■「EHONプロジェクト.β」情報の歴史をたぐり物語の乗り物を考える
“我々はどこから来て、どこへ向かうのか”
この問題提起への応答を探るために、プロジェクトは漕ぎだしました。有史以来、人類が「生み出す」「伝達」「記録」「保存」という概念を自覚的に持ち、その実現手段を獲得して来た歴史をひもとき、「物語」の発生と伝播に介在したメディア表現について調査とディスカッションを重ねてきました。...... READ MORE >>
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■ 第二ステージ「見つけてプロジェクト」非”俺俺主義”のクリエイション
...むしろ、俺俺アーティストがクラシックなアーティストの典型だとすれば、絶対的な基準が崩れた世界・社会の中であふれる需要と供給とうねりに身をまかせながら多元的・相対的なものの捉え方を習慣的に経験してきた、現在の優しい若者の特徴のようでもあります。ひたすらコミュニティ全体のバランスを見計らいながら自分の出しかたを調整し、”俺”実現へのひたむきな渇望感は(あっても)表に出さず、隠し込まれたかたちで、少しはlook at meの欲求もあるけれど、それは自分からは押し出さないので「見つけてほしい」。見つけてもらう自分を待っている、かくれんぼをしてワクワクしているこども…?ドアを開けている引っ込み思案…?あぁ、それは、「店」だね。...... READ MORE >>


